Cross・Maria

フツーの主婦が子育てあるあるをつぶやきます

⑩待つ



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以前『待てる親になれ』という記事を読んだ記憶があります。

 

特に子供が幼いうちは

「早く着替えて」

「早く靴を履いて」

「早くしてよ」

と言いがちです。

 

我が子は幼い頃はのんびりした子だったので、何をするにしても時間に余裕を持って行動するようにしていました。

 

幼稚園では

「それが正解、この子は急かしちゃいけない子よ」

と先生に褒められて嬉しかったことも覚えています。

 

子供はわざとゆっくりしているわけではないらしいのです。

そのスピードでしか動けない

んだそうです。

 

だから『待てる親になれ』なのです。

 

実は

子供のスピードに合わせる=子供のありのままの姿だと受け止める

ことであり、これは子供の自己肯定感を高める行動のひとつです。

 

何しろよく考えてみたら

「早く着替えて欲しい」

という気持ちは

「時間がない」

「急いでいるのに」

「見ていたらイライラする」

といったような大人側の勝手な都合であり、価値観の押し付けに過ぎないように思えます。

 

また、私達大人が何かに悩んで、最適な解決法が見つからない時に

「しばらく流れに身を任せよう」

なんてこともありますよね。これもひとつの『待ち』ですよね。

 

年齢や成長に応じて、出来る事も増えていきます。

それまで子供のスピードに合わせて、見守っていく(待つ)ことも親の愛情なのかもしれませんね。

雑記その②/子供を産むか否か



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少子高齢化の現代。

うんと昔は7人兄弟、8人姉弟なんて当たり前の時代がありましたよね(昭和初期くらい?)私の祖父母も兄弟がたくさんいました。

 

家族の間で

「ほら、○○さんの息子さんが……」と親戚の話になっても

『○○さんって、祖母の姉なのか妹なのか?』

って、ちょっと考えなきゃいけない、とかあるあるじゃないですか?(笑)

それぐらい昔は子沢山でした。

 

昔は医療も発達しておらず、乳幼児期に早世してしまうことが少なくなく、だからたくさん産んでおこうみたいな考えがあったり、また三世代・四世代にわたって同居することが多く、子供の面倒を見る大人の人数もたくさんいたり、現代とは事情が違うようですね。

 

今はひとりっ子も珍しくないですし、三人のお子さんや双子さん持ちだと

「うわあ、毎日戦争みたいでしょー?」

ってついワンオペ育児の大変さを察してしまいます。

 

私は子供を産みましたが、実は我が子を授かるまで数年間、不妊・不育に苦しみました。

流産すると

「ああ、あなたに原因があるのね」

「ふうん、悪いのはあなたとご主人とどっち?」

なんて心ない言葉をかけられた回数も数知れず。

なぜ私だけに原因があると決めつけてくるのかも、意味がわかりませんでした(笑)

 

しかも子供が産まれれば

「良かったー、これであなたのおうちに、子供の写真付き年賀状を送ることが出来る!」

と知人に言われたりもしました。

子供がいない私を気遣って、みんなとは違う年賀状を送っていたそうです。

 

お気遣いに感謝しつつも、どうせなら最後まで黙っていて欲しかったなあと感じました。

 

年配の女性からは

「昔は結婚して3年子供が出来なかったら『石女』って呼んで離縁されてたのよ?あなた、追い出されないだけ、ご主人に感謝しなさい」

とか

「挨拶代わりに『お子さんはまだ?』って聞いちゃいけないなんて、つまらない世の中になったものよね」

とか今考えても、随分好き勝手に言われていましたね。

 

 

さて、正解はどうかは別として

子供を産んでこそ人間として一人前だ

という考えは、古くから存在します。

 

この概念は、正解か不正解か?

どちらでもない気がします。

これこそ倫理観ではなく価値観だと私は思っています。

 

ほとんどの場合、倫理観には正解が存在しますが、価値観には正解がありません。

 

価値観は人それぞれが持つもので、仮にそこに道徳や倫理が含まれていたとしても、価値観は自分以外の人間に押し付けてはなりません。

なぜなら、自らの価値観を押し付けることは、押し付けた相手の人生そのものを支配しようとしているからです。

 

本来、自分の人生は、誰かにコントロールされたり、口出しされたりするべきではありません。

例え親子であっても。

 

私は出産を経て、それまでは知らなかった感情を自覚し、知識を得ました。

ですから、我が子には

『生まれてきてくれてありがとう』

という気持ちでいっぱいです。  

 

かといって、誰もに対して

「子供は産むべき」

とは思っていません。

子供がいない夫婦生活も数年間ありましたが、とても楽しいものですし、大人全員が『親』という立場に向いているわけでもないですし。

赤ちゃんを諦め、キャリアを追求している女性がいたら誰よりも応援したいです。

 

また『産まない』選択をした女性ばかりでなく

『産めない』女性もいることを、世間は忘れてはならないでしょう。

 

私がなかなか出産に至らず、流産を繰り返していた時に必ず言われていたのが

「何が悪いの?どうしてなの?」

 

その頃によく考えていたことが

「癌にかかった人に『どうしてなの?』なんて聞かないのと同じように、不妊・不育に苦しむ人にも『どうしてなの?』なんて尋ねて欲しくない」 

ということでした。

 

私は幸いにも出産まで何とかこぎつきましたが、いろんな事情で出産そのものを諦めなければいけない女性もいるわけです。

 

その方々に私が言われたような

「石女だと呼ばれて……」

の発言などは、無神経を通り越して残酷でしかありません。

「どうしてなの? 」の発言も同様です。

 

子供を持たない選択が出来るのは、生物の中では理性を持った人間のみです。

産まない(産めない)選択をした女性を、批判して良い人間などいません。

 

時代と共に、価値観も正義の形も移り変わっていきます。

だったら『子供を産んでこそ一人前』という価値観も現代にはそぐわないのではないでしょうか?

 

⑨見直す



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見直す=リフレーミングといいます。

物事の枠組(frame)を別の枠組(re-frame)で見直す、ということです。

 

物事はいろんな側面を持っています。そしてそれは、人間の性格にも言えることかもしれません。

 

『雨が降ったらいやだな』

と思ってしまうことを

久しぶりの恵みの雨で、庭のお花が喜ぶ

と考えを変えてみると、イヤな気分にならない、というような事です。

 

 

お子さんがコップに入ったジュースを半分こぼしてしまったとします。

「半分もこぼしてしまった……」

ではなく

「半分残ってるから良かったね」

 

お子さんが持ち帰ったテストが70点だったとします。

「あれだけお勉強して、たったの70点なの?」

ではなく

「30点分しか間違えなかったのね!」

 

どちらの言い方が正しい、とかではありません。厳しく突き放すことで奮起するお子さんもいらっしゃるはずですから。

 

ただ、違うとらえ方(re-frame)することで、実はあまり真剣に悩まなくても良い事柄だったりするのです。

 

でも、日々の生活の中で、少しでもお子さんが良い環境で成長していくには、ちょっとずつポジティブになれる言葉かけが出来たら楽しく過ごせそうな気がしませんか?

⑧傾聴する



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傾聴とは心理学のテクニックのひとつでもあります。

 

私はスクールカウンセラーの先生と話をしていたら、対話中に

「あ、これは相手が悪いんだ」とか

「子供がいちばん苦しいんだな」とか

出来事に対して客観視出来るようになりました。

 

こういう表現で正しいのかわかりませんが、自分の内に持っていた感情を一旦『手放す』感覚です。

 

すると手放した感情を、カウンセラーの先生と一緒に

「あーでもないこーでもない」

と考えてみて

「じゃあ、選択肢はこのふたつですね」

「こんな言い方だと伝わるね」

と答えに導いてもらってるような雰囲気になります。

 

今は私側の気持ちを記しましたが、傾聴とはカウンセラーの先生側の姿勢です。

 

どうしていいかわからず、世の中に味方なんてひとりもいないと思いながら、スクールカウンセラーの先生と1時間お話をしただけで「わかった!こうすればいいんだ!」

とスッキリして帰宅出来るのは、先生の『傾聴』のおかげなのです。

 

傾聴:相手をよく理解し、気持ちを汲み取り、共感する聴き方

 

と言われています。カウンセラーの方は決して話す側の姿勢を否定しません。

例え間違っていても、ではなぜ間違った考えに至ってしまったのか?を一緒に考えて下さいます。

 

これ、実は子育てに役立つんです。

 

以前『聴く』の巻で触れたことに共通してきますが、傾聴はもっと高度なテクニックです。

 

聴くという行為自体が、なかなか大変です。他の考え事をしながら、というわけにはいかないので集中力が必要になります。

 

私自身のカウンセリングに戻りますが、私はカウンセリング中はとにかくいっぱい話したくて早口になり、一気に話します。

 

会話の中に

「えっとー」

「だからそれは……」

なんて考える言葉も入らないくらいに、これがわからない、子供の気持ちに寄り添っているのか、こんなふうに苦しい、どうしたら良いかわからない……とまくしたてます。

 

カウンセラーの先生はひたすら

「そうなんですね」

「悲しくなりますよね」

「そういう気持ちになるのは、よくわかります」受動的な傾聴

 

ちょっと言葉に詰まると

「要するにこういうことが言いたかったんですよね?」反射的傾聴

を繰り返します。

 

そして時折、私からの質問に答える際に

「先程おっしゃったような◯◯を……」

と私が使用した単語を繰り返したり、ご自身の経験談を交えてお話をなさいます積極的傾聴

 

これをそのまま、育児にあてはめてみます。

 

「アヤカと喧嘩しちゃった」

「あら、喧嘩しちゃったの?」⇒受動的傾聴

 

「うん。帰りの地下鉄の中で、アヤカの失敗談を笑ったら『笑って欲しくなかった』って怒り始めて」

「アヤカちゃんのお話に笑ったら怒らせてしまったのね。あなたは怒らせるつもりなかったのよね」⇒反射的傾聴

 

「謝ったんだけど、許してもらえなくて。そのままアヤカの駅に着いたから、バイバイも言えなかった。どうしよう」

「そんなつもりじゃなかったのに、って事はよくあるよね。悪意があって笑ったんじゃないよって伝えられたらいいかもしれない。電話しにくいだろうから、メールしてみたら?」⇒積極的傾聴

 

かなり省略した会話ではありますが、こんな感じです。

 

これには相手の会話スピードに合わせる、相槌を繰り返す、などいろんなテクニックを駆使するとより良い関係になれるそうです。

 

 

⑦汲み取る


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思春期に入ると、男女問わず、お子さんは『生意気になり』『反抗的になり』ますよね。

 

ちょっと注意すれば

「うるせえ、クソババア」

と返ってきますし、むしろ

「……………………」

と無言で睨まれたりもするでしょう。

 

みなさんは、そういう時、どうしていますか?

 

お子さんに反抗的な態度をとられたり、反抗的な言葉を投げつけられた時、それをそのまま受け取っていますか?

 

でも、そのまま受け取ると腹が立ちませんか?

 

そもそも、思春期の子供達ってなぜ反抗的になったり、両親に逆らったりするんでしょう?

 

一般的にはホルモンバランスとか、そういう年齢なんだとか言われますが、私独自の見解は単純に『ストレス』ではないかと思います。

 

10代って中途半端な時期です。子供のようで子供でなく、大人のようで大人ではありません。

 

私達親側も、自身の都合で子供扱いしたり、大人扱いしてしまいます。

 

また、幼稚園児ほど毎日が楽しく過ごせるわけではなく、大人ほどストレスをスルー出来るキャパはありません。

 

そんな時に、学校で理不尽な出来事に遭遇する⇒

モヤモヤしながら帰宅⇒

お母さんが途端に「宿題しなさい」と怒る⇒

「わかった」と言いつつ、モヤモヤがおさまらずぼんやりしたり、ゲームに興じたりする⇒

お母さんから「いい加減にしなさい!」と叱られる⇒

「うっせえな、クソババア」

……この後の展開はおわかりですね?(笑)

 

 

でも、お子さんは何が原因で「うっせえな、クソババア」に至ったか?

 

答えは、学校での理不尽な出来事のせいです。

 

だから「うっせえな、クソババア」をそのままの意味でとらえて親子喧嘩するよりも、何かあったのであろうと暴言の裏側を汲み取ってあげて欲しいのです。

 

もちろん普通に「何かあったの?」とストレートに尋ねても、おそらくお子さんご自身でも何にイライラしているのかを理解出来ていません。

 

なぜなら大人ではないから

 

大人みたいに、心情を事細かに他者に説明出来る年齢ではありません。

 

ですから日頃からコミュニケーションを密に取り、表情ひとつ、言葉尻ひとつでお子さんの今日の気持ちを汲み取れるようになれたらいいですね。

 

⑥伝える

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今から書き記す事は、実は我が子から教わりました。

 

 

我が子が小学生の頃の長期休暇(夏休み・冬休み・春休み)は、わりといろんな場所を連れて回りました。

 

 

 

今はお金をかけなくても、楽しめるうえにお勉強にもなる、といったイベントや場所がたくさんあります。

 

私がよく連れて行ったのは、工場見学です。

 

工場見学はほとんどが無料で(※中には入場料を払わなければならない工場もあります)子供のお勉強にもなるし、夏休みの自由研究にもなるし、何よりたくさんお土産を持たせてくれます。

 

某食品工場は、自社で扱っている商品全てと、商品のイラストが書かれたクリアファイルと、小さなノート、真夏であった為冷たいジュース(関連会社のスポーツドリンク)まで準備されており、帰りは両手に紙袋を下げて帰宅したくらいでした。

 

頑張れば、ひと夏に5社くらいの工場見学が可能でした。

 

 

そうやって夏休みの思い出作りのひとつで行った某ビールメーカーの工場での出来事です。

 

工場見学は案内して下さる方(どこの工場も綺麗な女性!)が、何組かまとめて、説明をしながら工場内を連れ歩いてくれます。

 

 

 

その開始時間を待っている時でした。

 

 

 

我が家のように夏休みの自由研究目当てに、工場に来た親子連ればかりでした。

 

待つことなんて子供には退屈ですから、小学校低学年のお子さんは待合室内を走り回っていました。

 

子供は騒ぐものなので特に不快ではなかったんですが、気になったのはお母さんの態度でした。

 

スマートフォンでゲームをしながら、たまに「◯◯!(お子さんの名前)」

「△△!(こちらもお子さんの名前)」

と強い口調で口にするだけです。

 

もちろんお子さんふたりは、名前を呼ばれたくらいでは騒ぎ遊ぶことをやめません。

 

すると、お母さんが「◯◯!△△!」と何回か繰り返した時に、私の隣に座る我が子が

 

 

「名前呼ぶだけじゃ、何が悪いかわからないよね」

 

 

とポツリと言いました。

 

正しい指摘にビックリして、思わず我が子を見つめました。

我が子は続けて

「『そんなに騒いだら周りに迷惑だよ、静かにしようね』まで言わないとわからないと思うんだけど」

と呟いたのでした。

 

そこですぐに見学スタートを知らせる放送が響き、私達は呼ばれました。

 

我が子とこの事についてじっくり話したことはありませんが、本当にその通りだと感じ、我が子の成長も感じた一件でした。

 

正しい事を、正しい形で伝える。

一見簡単なようで、これもなかなか注意が必要ですね。

⑤言い換える

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『言い換える』って一体何を?ってお考えでしょう。

 

子供に向けて注意する言葉、理解させたい言葉を『言い換える』のです。

 

 

思ったままを口にするのではなく『言い換える』

 

 

私達大人でも、思った事を全て口にしていたら、世の中成り立ちませんよね。

 

職場や、友人との会話、立ち寄ったお店での立ち居振舞い、本音とは違うことを言ったり、行なっていたりするはずです。

 

 

これ、一種の世渡り術。

 

 

 

では、我が子に向けて、本音と建前を使い分けているか?

おそらく私も含めて、答えはNOではないでしょうか?

 

言い換えることに気付かされたのは、我が子の学校での悩みを、カウンセラーの先生にご相談していた時です。

 

我が子のお友達について説明を求められ、私は

「空気が読めないお子さんで……」

と言いました。

 

するとカウンセラーの先生は

「なるほど、マイペースなお友達なんですね」

とすかさず言い換えたのです。

 

 

もう、頭を金槌で殴られた気分でした。

(゜ロ゜)⇒この時の私の表情です(笑)

 

 

 

空気が読めない⇒悪印象

マイペース⇒好印象

 

じゃありませんか?

 

私もすかさず

「ダメですよね、こんな言い方」

と謝罪しました。カウンセラーの先生は

「大丈夫です、言い方が違うだけです。徐々にそう言い換えられたら良いんですから」

 

これがきっかけで、我が子に何かを言い聞かせたい時や、注意したい時には、そのままズバリ言うのではなく、言い換えることを心がけました。

 

例えば

・「早くしてよ」

ではなく

「30分迄には片付けて欲しいな」

 

・「洗濯物たたむくらい、やってよ」

ではなく

「手が空いて洗濯物たたんでくれたら、お母さん、助かる」

 

中には「なぜ親がへり下る必要があるのだ」と思われる方もいらっしゃるでしょう。

 

これはへり下りではなく、言い換えているだけです。

 

子供もひとりの人間です。

上から押さえつけるばかりでは反抗したくもなります。

 

親が怒る⇒

子供は反抗する⇒

親がますます怒る⇒

子供はますます反抗する⇒

親が更に更に怒る……

 

悪循環ですよね。

ちょっと建前を見せるだけで世渡りが上手くいく事と、家庭で子供をひとりの人間と見なし言い換える事は、たいして相違ないということかもしれません。